私たちはよく、人生のどこかで「完璧にブレない無敵の存在」を目指そうとします。
神殿のようにそびえ立つ、一切の揺らぎのない境地。
あるいは、他人の言葉にも、経済の波にも、年齢による肉体の変化にもビクともしない強固なメンタル。
ですが、少し辛口な事実をお伝えさせてください。
そんな完璧な神殿を建てようとすること自体が、実は自分を偽る壮大な「パフォーマンス(演技)」の始まりです。
神殿の維持費は高くつきますし、何より一歩も動けなくて窮屈です。
かといって、他人の意見や占いの結果に振り回されて、その場しのぎのプレハブ小屋をあちこちに建て直すのも、そろそろ疲れてきたのではないでしょうか。
目指すべきは、神殿でもプレハブでもない、「ちょうどいい霊的建築」です。
揺らぎながらも、自分の足で立ち、自分の思考の決定権を誰にも明け渡さない。
今日は、そんな等身大の主権を取り戻すための、ヒントをお届けします。
Step 1 自分がどこで「自分の力(主権)」を外側に預けているかを見る
最初の段階は、自分がどこで「自分の力(主権)」を外側に預けているかを見ることです。
それは、誰かの偉そうな意見かもしれません。
かつて持っていた過去の肩書きかもしれません。
有名なスピリチュアルな先生の教えかもしれません。
親の期待、古い傷、あるいは「宇宙の流れ」という責任転嫁に便利な言葉かもしれません。
あるいは、何年も前に誰かに言われた呪いのような一言を、なぜか今も心の金庫に大切に保管しているのかもしれません。
この段階で大事なのは、目の前の霧を責めないことです。
「なんだかモヤモヤする」「なぜか動けない」「自分の本音がわからない」
そういう時、
多くの場合、ただ「無意識にやってしまってること」が見えていないだけなのです。
どこで自分の権限を他人に手渡したのか。
どこで自分のリアルな感覚を疑い始めたのか。
どこで「私はわからない、迷える人」という健気な役を引き受けてしまったのか。
まずは、それをジャッジせずに冷徹に「見る」ことから始まります。
Step 2 中心へ戻る
次の段階は、外側に答えを探すのを一度スパッと止めて、自分の中心へ戻ることです。
「あの人は私の発信をどう思うだろう」
「このビジネスモデルは正しいのだろうか」
「カードを引いたら、一体どう出るだろう」
「宇宙は、私のこの挑戦を許可してくれるだろうか」
「誰か『あなたは大丈夫だ』と保証してくれないだろうか」
私たちは不安になると、すぐに外側に答えを丸投げしたくなります。
人間だもの、当然です。
しかし、そのお馴染みの問いを、一度静かに脇に置いて、自分にこう問いかけてみてください。
「私は本当は、何を知っているのか」
「私の体は、どこで縮み、どこで広がっているのか」
「私は、本当は何を選びたいのか」
「私は、何をもう演じたくない(パフォーマンスしたくない)のか」
Step 3 自分の泥臭い感覚をもう一度信用する
ここで言う「主権」とは、スピリチュアルな業界にあふれるキラキラした綺麗事ではありません。
それは、自分の泥臭い感覚をもう一度信用すること。
嫌なのであれば、他人との間に、パリッと境界線を引くこと。
「選ばない自由」を取り戻すこと。
他人の期待やご機嫌に合わせて、自分の光をわざわざ薄めないこと、です。
主権とは、豪華な王冠をかぶることではありません。
「今回は行きません」
「これは私には合いません」
「もう、その『弱くて迷える人』の役は引き受けません」
↑
特にこれ、重要(笑)。
宇宙の規模から見れば、それは拍子抜けするほど地味な一歩。
ですが、あなたの魂の会計上は、莫大な黒字へと転換する瞬間なのです。
自分の弱さや、それほど大したことないヤツ感を抱えたままでいい。
その揺らぎのなかで「私の主権は私が握る」と決めること。
あなたの静謐監査室の扉は、いつでも開いています。
Makiko
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