こんにちは。
静謐監査官のmakikoです。
最近、私の監査室にこんな「言い訳」という名の不備書類がよく届きます。
「スピリチュアルの世界では『人生を客席から眺める観察者になれ』って言いますよね? だから私は、これでいいんです」と。
。。。ふふふ。
その帳簿、致命的な仕訳ミスが起きています。
本日は、多くの人が混同してしまっている「高尚な観察者」と「ただの逃亡者」の違いについて、静かにメスを入れさせていただきます。
本来の「観察者」は、劇場の最上階にあるVIPラウンジにいる
スピリチュアルの文脈で語られる「客席にいる(観察者である)」という状態。
これは、自分の人生というドラマがどれほど悲劇的でも、喜劇的でも、
それを一歩引いた高い視点から「ほう、見事な演出だ」と眺める「主権を握った状態」のことです。
いわば、劇場の最上階にある、シャンパングラスを片手にしたVIPラウンジの住人。
彼らはいつでも舞台に降りられるし、なんなら脚本を書き換える権限も持っています。
余裕があるのです。
あなたが今座っているのは、出口付近の「ジメジメした避難席」じゃないですよね?
一方で、私が今「そこから降りなさい」という時は、劇場の隅っこ、非常口のすぐそばにある「湿気た避難席」に座ってる場合に向けてです。
ここは、
- 「舞台に上がって恥をかくのが怖いから」
- 「誰かに批判されるくらいなら、透明人間でいたいから」
- 「自分にはまだ、スポットライトを浴びる資格がないから」
そんな理由で、震えながらうずくまっている場所です。
この席に座っている人は、人生を「鑑賞」しているのではなく、ただ「やり過ごして」いるだけ。
そして、自分が舞台に上がれないことへの劣等感を隠すために、
「私はあえて、スピリチュアルな観察者の視点に立っているのですよ」という、
非常に質の悪い「スピリチュアル・プロパガンダ」を自分自身に流し込んでいるのです。
その席、実は「未払い」です
厳しいことを申し上げますが、自分の人生の舞台に一度も上がったことがない人に、本物の「観察者」になる資格はありません。
舞台の上でセリフを噛み、大恥をかき、観客(他人)からの冷ややかな視線に晒され、それでも最後まで演じきった。。。
その「痛み」と「熱」を知っている人だけが、初めてVIPラウンジに昇り、自分の人生を微笑みながら眺めることができるのです。
経験という名の「代価」を払わず、最初から安全な客席に座って「私は観察者です」と語るのは、
無銭飲食ならぬ「無銭鑑賞」。
立派な監査対象、つまり「人生の負債」です。
「主権奪回テアトル」で、帳簿を付け替えましょう
「観察者」という甘美な言葉を盾にして、自分の出番から逃げている方へ。
もし、あなたがその「出口付近の避難席」の湿っぽさに嫌気がさしたのなら。
もし、一度くらいは泥臭く舞台に上がって、自分の人生を「自分のもの」として生きてみたいと願うのなら。
私のサブスタック「主権奪回テアトル」へお越しください。
そこでは、あなたの過剰な自意識をシュレッダーにかけ、
他人軸で書かれた退屈な脚本を焼き払い、
あなたが再び「舞台の中央」へ戻るための、少しだけ辛口で、けれど最高に痛快な処方箋をお届けしています。
「人生を、ただ眺めるのではなく、噛み締めたい」
そう決めた方だけ、以下のボタンから劇場の会員証(購読ボタン)を受け取ってください。
(購読という日本語が出てきますが、無料です)
避難席の住民票を抹消するお手伝いを、喜んでさせていただきます。
それでは、劇場でお会いしましょう。
※ここから先は、観客席から降りる覚悟のある方専用の入り口です。
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