「無条件の愛」と「自分を守る愛」のバランス
愛しながら断る力
私たちは「愛の人」で在ろうとするとき、つい無条件の受容や優しさを「境界線を失うこと」と混同してしまうことがあります。
けれど、ほんとうの愛は、境界線の上に咲く花のようなもの。
ただ無防備に差し出すものではなく、
「この人のためにも、ここから先はノーと言う」という
静かな勇気の現れでもあります。
私は、セッションや日常の中で、
“断ることでしか伝えられない愛”
というものを幾度となく体験してきました。
私たちは「愛の人」で在ろうとするとき、つい無条件の受容や優しさを「境界線を失うこと」と混同してしまうことがあります。
けれど、ほんとうの愛は、境界線の上に咲く花のようなもの。
ただ無防備に差し出すものではなく、
「この人のためにも、ここから先はノーと言う」という
静かな勇気の現れでもあります。
私は、セッションや日常の中で、
“断ることでしか伝えられない愛”
というものを幾度となく体験してきました。
霊性の道を歩んでいくと、多くの人が一度は経験することがあります。
それは、「地に足がつかない」という感覚。
まるで宙ぶらりんのまま、現実世界と自分の意識が乖離してしまうような状態。
「この世界にはもう居場所がないように感じる」
「現実が重たくて、魂の光と合わない」
「高次の存在とはつながっても、生活がうまくまわらない」
などなど。。。
スピリチュアルな目覚めのプロセスでは、私たちはしばしば“上昇”に惹かれます。
より高く、より清く、より純粋に。
けれど、それが極まると、現実や身体とのつながりが希薄になります。
だけど、真の霊性とは、
この世界や身体を拒むことではなくーーー
大きい宇宙の方だけではなく、小さい宇宙の方も、同等に愛しながら存在すること。
魂の成長は、ただ光へ向かうだけでなく、
無意識の深層にある“根”へと降りていくことでもあるのです。
肉体がアセンションしていくにつれ、ハイヤーセルフがディセンションします。
よりハイヤーセルフがディセンションすることで、さらに肉体がアセンションしていくのです。
グラウンディングとは、エネルギーを「落とす」こと。
私たちの魂の光を、身体という神殿を通じて、この地上に「実現」させることです。
ですから、グラウンディングとはスピリチュアルと切り離された概念ではなく、
むしろ、霊性の土台そのものなのです。
この振動域にいる人は、実際にはそんなに多くはありません。
でも、2025年の今、「そこに向かおうと覚悟しはじめた人」は急増中です。
シャドーワークを深めていくほど、
まだ自分の影や痛みに目を向ける準備ができていない人たちの
「投影」「無自覚な加害性」「責任転嫁」などが、
霧のように重たく、時に暴力的にさえ感じるようになります。
魂の旅路において、私たちは何度も「再訪」を経験します。
すでに癒したと思っていた感情や記憶が、
ある日突然、まるで古傷が疼くように浮上してくる──
そんな時、
「私はまだ癒されていなかったのか」と
自分を責めてしまう方も少なくありません。
けれどそれは、後退ではありません。
むしろそれは、あなたが次の扉を開く準備ができたというサイン。
——“いのちの深部へ、光が届き始めた”証なのです。