私は、孤独な覚醒者を量産したいわけではない
スピリチュアルジャーニーを歩き始めると、必ず『孤独』な時期を過ごします。
なぜなら、それがスピリチュアルジャーニーというもので、全てがうまくいってる時に覚醒も成長もありません。
しかし私は、誰にも頼らず、山の上で静かに発光している「孤独な覚醒者」を増やしたいわけではありません。
もちろん、自分の足で立つことは大切です。
誰かの言葉、先生の教え、占い、スピリチュアルな権威に、自分の人生のハンドルを預けないことも大切です。
でも、人間はそこまで一人で完成しなくていい。
主権を持つことと、孤立することは違います。
「私は誰にも依存しません」
「私は自分で全部できます」
「私はもう誰にもわかってもらわなくていいです」
そこまで行くと、少し主権というより、心の要塞です。
立派ではありますが、窓が少ない。
私がつくりたいのは、そんな場所ではありません。
(さらに…)内なる明晰さ、主権、創造的な力を取り戻す時
私たちはよく、人生のどこかで「完璧にブレない無敵の存在」を目指そうとします。
神殿のようにそびえ立つ、一切の揺らぎのない境地。
あるいは、他人の言葉にも、経済の波にも、年齢による肉体の変化にもビクともしない強固なメンタル。
ですが、少し辛口な事実をお伝えさせてください。
そんな完璧な神殿を建てようとすること自体が、実は自分を偽る壮大な「パフォーマンス(演技)」の始まりです。
神殿の維持費は高くつきますし、何より一歩も動けなくて窮屈です。
かといって、他人の意見や占いの結果に振り回されて、その場しのぎのプレハブ小屋をあちこちに建て直すのも、そろそろ疲れてきたのではないでしょうか。
目指すべきは、神殿でもプレハブでもない、「ちょうどいい霊的建築」です。
揺らぎながらも、自分の足で立ち、自分の思考の決定権を誰にも明け渡さない。
今日は、そんな等身大の主権を取り戻すための、ヒントをお届けします。
Step 1 自分がどこで「自分の力(主権)」を外側に預けているかを見る
(さらに…)自称「優しいヒーラー」が絶滅する、ヘヨカエンパスという『劇薬』。
みなさん、こんにちは。
世の中には「エンパス(超共感体質)」と呼ばれる、繊細で、優しくて、他人の痛みを我がことのように涙する、天使のような人たちがいますよね。
……え? 私ですか?
私も間違いなくエンパスです。
ただ、巷にあふれる「妖精系エンパス」とは、ちょっと出荷ルートが違うだけです。
世間が思い描くエンパスが「聖母マリア」だとしたら、私のようなタイプは「聖なる道化師(ヘヨカ)」。
今日は、「普通のエンパス」と「ヘヨカエンパス」の決定的な違いを、私の独断と偏見を交えて解剖していきたいと思います。
あなたの隣のエンパスはどっち?
わかりやすく、具体的なシチュエーションで比較してみましょう。


