スピリチュアル

ヒーラーという職業

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皆様、昨日の新月はいかがお過ごしでしたか?

いろんな事が目まぐるしく変化した方も多かったのではないでしょうか?

私も昨日は、たくさんの展開がありました。

その一つは。。。

一年半前、あるご年配のアメリカ人の男性が(沖縄在住)、カルフォルニアに多分居てるであろう息子の消息がわからないのでヒーリングを送って欲しい、と言ってご依頼を頂きました。

写真とフルネームは頂きましたが、実際生きてるかどうかもわからないとのこと。

そのようなお申し出をお受けしていいものかどうかもわからなかったのですが、まあ1度だけやるだけやってみようと思ってお受けしました。

私は、クレアボヤンス(千里眼)ではないので、ビジュアルで何かが見えるタイプではありません。

ただ、無心でヒーリングを送るだけです。

英語もそんなに得意ではないので、二、三行今お送りした旨を返信しました。

するとまた一ヶ月後、

”Hello Makiko.   Please continue to work on this. Trusting you Makiko.”

とメールがきてお代金が振り込まれて来ました。

 

ひぃえ〜っ。何をもって信用してもらってるんだろう。。。

とにかくヒーリングをして、”ベストを尽くした。けど彼が無事でいるか保証はできない”

という弱々しいメッセージをお送りしました。

 

それから、一年半の間毎月 ”thank you…  put your heart and soul into the healing.”と二行ぐらいのメッセージとお代金が振り込まれて来たのです。

 

途中で、この人単に私に寄付してくれてるのかな?とか、この人私の事ただ好きなのかな?とかこのヒーリング本当に効いてるのかな?

というか、息子さんはもう死んでるんじゃないかな。。。と色々な考えが頭をよぎって常に彼の息子さんが私の胃の壁にへばりついてるような感覚で過ごしていました。

 

それがやっと

“He was found!  and is now in a hospital receiving treatment for schizophrenia.Please continue to send healing energy for his recovery.”

(彼は見つかった!今統合失調症の治療を受けて入院中。回復のためにヒーリングを続けてください)

ここにたどり着いたのです。

ほっとしました。

まだまだ回復には時間がかかりそうですが、もう大丈夫だと思います。

 

ヒーラーという職業は何と言っても世の中の男性に一番気持ち悪がられ、(もしくは変な人に好かれてしまう)モテない業種なのも嫌ですが、私はこれが好きなので、マイペースでゆっくり続けて行きたいと思います。

 

 

 

見てみたい世界があって。

 

あのお山のてっぺんからの景色はどんななのかしら。

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それとも、今ここで見ているお花の方が美しいのかしら。

 

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自分の外側をノンジャッジでじっくり観て、それが自分の内側だと知っていく作業を淡々としています。

Makiko

 

 

大嶋信頼さんの、
『それ、あなたのトラウマちゃんのせいかも?
あなただけの 超簡単な言葉を唱えるだけで“いまここ”で楽になる!』
という本から、なるほど!と思った箇所があったので引用させていただきます。

トラウマの人って、一日の大半の時間は〝恐怖を回避する〟ために費やされてしまう。

人のことを心 配したり、将来のことを思いあぐねたり、
人の気持ちを勝手に探って独り相撲をしていたり、
頭の中 で人に怒ったり、過去を振り返って後悔したりするが、
これら全てがトラウマで脳に固着した〝恐 怖〟から回避するためのものだった、
と考えてみると非常に興味深くなる。

脳的に考えてみると、普 通の人だったら、今、
目の前に危険が無ければ、脳は静かである。
だから、平安でボーッとその静か な時を楽しむことができる。

脳の未知なる能力で「現実を変える」というのは、
ある意味で〝神〟の様な力を持っていることになる。

その神のような現実を変える能力を使って、
人を不幸の中から救ったり
「不幸を生み出す不条理 な世の中を変えていかなければいけない」
という〝万能感〟を
トラウマの人は心のどこかで抱えてい ることがある。

トラウマの人は、記憶として処理されなくなった不快な人物の残像と
常に頭の中で戦っているから、
脳内のエネルギーを使い果たしてしまって体力が無い。

過去の記憶として処理されなかった不快な人 物と戦い続けて疲れ切ってしまっているから
「現実的に何も動けない」という状態になってしまうの である。

トラウマの人は自覚が無いのだが、どこかであの現実を書き換えることができる
〝万能感〟の甘美な 味を知っている。

トラウマを負って「普通の人とは違う!」という意味の中に、
みんなと一体になれ ない劣等感があるのだが、
その反面であの万能感も隠れていて「普通の人とは違う!」という優越感 がある。

誰かに失礼な態度を取られたことでムカついていたら、
実はそのことで怒っているのではなくて、
怒 りは〝恐怖〟を回避するために必要なものだから回避のネタとして使っているだけ。

でも、あえてそ の怒りに浸ってみる。その怒りにしばらく浸ってから、
その怒りの下にある恐怖へと潜っていく。

〝恐怖に浸る〟を続けてみると、それまで見えなかったものが見えてきて、
わからなかったものがわ かるようになる。
そして、自分の本当に求めていることに向かって自然と自由に行動したり、
選択で きるようになるのだ。

瞑想が、トラウマによって解離した脳に固着した〝恐怖〟に浸る目的だったら有効である。
ガウタ マ・シッダールタ(仏陀)の話の中では、
瞑想の中で〝恐怖〟と向き合って 悟りを開いた、
という場面が出てきた。

脳の凪(し~んとしていること)により、今、この時がキラキラと輝いていて、
全てのものがそれだけで十分という感覚になった時に、
本当に必要なものは全て自然と手に入ってしまう。

それまで、トラウマの人は「人から認められたい」とか
「自分の味方になって欲しい」と相手に気を使って一生懸命に努力しても
結果はその逆になっていたが、脳が凪になってみると、
自然と人からの賞賛を得るようになっているし、
何も気を使うことをしていないのに相手はいつの間にか自分を認め、
自分の味方になってくれるようになっていた。

脳と環境が同期して、回りの環境がまるで自分の一部のように、
自分のために動きだす。

でも、脳が凪なので、トラウマだった人の中では歓喜がない。
求めていたことなのだけど、それがまるで当たり前のように思えてしまうのだ。