私たちは知らないうちに、とても早い段階で「生き方の癖」を身につけています。
それは母親、あるいは一番そばにいた養育者との関係の中で、始まりました。
ここで言う「傷」は、ドラマのような出来事のことではありません。
怒鳴られたとか、見捨てられたとか、そういう話でなくてもいいのです。
たとえば
・甘えようとしたときに、忙しそうな顔をされた
・泣いたら「大げさ」と言われた
・嬉しいより先に「ちゃんとしなさい」が来た
そんな小さな瞬間の積み重ねの中で、私たちは学びます。
「ここでは、このままの私じゃだめなんだ」
「こう振る舞えば、愛されるんだ」
赤ちゃんにとって、母は最初の“鏡”です。
言葉も自己意識もない頃、母の表情や声、触れ方を通して
「私はここにいていい」
「私は大切にされている」
その感覚を受け取ります。
でもその鏡が、疲れていたり、不安定だったり、期待や評価でいっぱいだったとしたらどうでしょう。
子どもは必死に合わせます。
嫌われないように、困らせないように、空気を読み、感情をしまい込みます。
そうして生まれるのが、「安全な私」。
本当の気持ちを感じない代わりに、役割をうまくこなす私。
優しい人、頑張る人、しっかり者。
外から見ると立派でも、心の奥にぽっかりとした空洞が残ります。
「何かが足りない」
「ちゃんと生きているはずなのに、満たされない」
その感覚は、あなたが弱いからではなく
大切な自分の一部を、置いてきぼりにしてきただけなのです。
幼い頃、守るために押し込めた感情は消えません。
怒りも、悲しみも、甘えたさも。
地下水のように流れ続け、大人になってから
人間関係の疲れや、自己否定、理由のない不安として顔を出します。
癒しは、そこに気づくことから始まります。
直そうとしなくていい。
排除しなくていい。
ただ「ここにいたんだね」と、光を当てること。
セルフペアレンティングとは、
自分の中に、もう一人の安心できる親を育てることです。
頭の中で響く厳しい声に気づいたら
「それは私の本当の声?」と立ち止まる。
そして代わりに、こんな言葉をかけてみる。
「怖かったね」
「それでもよくやってきたね」
ただし、一人で全部やろうとしなくていいのです。
人は関係性の中で傷つき、関係性の中で癒されます。
安全な誰かとの間で、弱さを出し、感情を感じ直す体験は、
内なる子どもにとって何よりの安心になります。
癒しは一直線ではありません。
進んだと思ったら戻る日もある。
それでいい。
その揺らぎごと、あなたです。
「私は、母が必要とした私ではない。
仮面をかぶる前の私が、真の私。」
もし今、少しでも胸がゆるんだなら。
それは、あなたの中の小さな声が「気づいて」と呼んでいるサインかもしれません。
癒しは、ずごく病んでいる特別な人のためのものではありません。
ずっと頑張ってきた人ほど、本当は必要なもの。
あなたが安心して力を抜き、本来の感覚を取り戻すために。
思い出すために、急がなくていい。
でも、ひとりで抱え続けなくてもいいのです。
✨今日の問いかけ✨
「母の声ではなく、自分自身の声を信じて生きるとしたら、私は何を選ぶだろう?」
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
Makiko
⭐️本日のニュースレター読者様交流会はMakiko Yogaでした。来月は大阪でオフ会です。お楽しみに🥰


