スピリチュアル

自分の境界線の基本的な作り方

遅くなりましたが、2020年6月の動画メッセージをアップしました。

浄化の時、と書くと自分の中の汚れたものを取るとき、みたいに聞こえるかもしれませんが、『自分の境界線をもっとクッキリとさせる時』、というニュアンスの方が近いかもしれません。

いろいろ曖昧なことをクリアにしていく時、クリアに見ていく時、という意味です。

自分の境界線の基本的な作り方ですが、

1、ノートに大きな円を書きます。

2、その中に自分が体験したい事柄、感情、好きなもの、心地よいと思うものや人、を書きます。

この円があなたの境界線です。

この円の内側はあなたの大事なお家です。

この境界線の中にあるものをあなたは体験する、と決めて、それ以外のものに外から無闇に侵入させないようにします。

もちろんしょっちゅうそれを侵害するものはやってくると思いますが、その玄関先で対応するか、自分の成長になるな、と思うものだけお家の中に入れます。

人に絶対に好かれたい、全員に好かれたい、満場一致で認められたい、尊敬されたい、敵は作りたくない、周囲から浮きたくない、いい人だと思われたい、という思いが強すぎると、境界線はどうしても甘々にボケてきます。

なぜなら、境界線は『NO』を作る、ということだからです。

何かの返事は『YES』か『NO』だけで良いのに、それぞれの理由もてんこ盛りに付け足して言わないといけないような気になるのは、エゴの仕業です。

元々シンプルな事実だけがある日常の中で、勝手に自分の頭の中で複雑な糸をもつれさせて勝手に溺れてしまってないか、しっかりと観察してみましょう。

【ライタリアンレイのクリアリングレイにお寄せいただいた体験談】

先日は、ライタリアンレイクリアリングレイのアチューンメントありがとうございました。
6/6の午前4時にはっきりと目が覚め、この満月のタイミングでアチューンメントを受け取りたいと思い、受け取りました。

以前のぐわーっとくる体感はありませんでしたが、ただただ安心して、ふわふわとした気持ちでいて、ふと時計を見たら、30分経過していました。

その後は、ふとしたタイミングでMakikoさんのブログの、いて座満月のヒーリングを目にして、それも受けました。満月に受け取りすぎたでしょうか^^;でも、とても心地よかったです。
その後は、漠然とした不安感や、息苦しさも徐々に薄れてきており、気持ちや体調の振り幅が小さくなってきているような気がしています。

不安の原因の一つに、死や病気や老いについてのものがあるのですが、以前はそれらを考えると怖れの感情が出てきて混乱していたのですが、怖さはあるものの、少し冷静に考えてみることもできてきています。


特に、寝起きが楽になってきているので、寝ている間に浄化してくれているのでしょうかね!その他にも、なんとなくささやかなシンクロめいたことが起こったり。

アイスの当たりくじに2回連続で当たったり(笑)そんな風に毎日が軽くなってきている気がします。毎日、浄化が進んでいるんだと考えると心も軽くなり、本当にありがたいなあって思っています^^

アチューンメントを受けて、思考が変わってきているのを感じているのですが、最近はこんなことを思いました。


私の実家は自営業なのですが、私の父母は、若い頃から祖父母のひどい仕打ちにも耐えながら休む暇もなく働き続けています。

(祖父は他界していますが、祖母は健在)私にとっては祖父母は愛すべき家族なのですが、祖父母との関係に苦労している父母をみて、幼い頃から、なんともいえない複雑な思いで過ごしてきました。

最近でも、父母が、「なんでこんな苦労しなあかんねん」「ほんとみじめや」などと言うのを聞くたびに、気の毒で、かわいそうで、苦しい思いをしていました。


でも、最近、ふと思ったんです。どの人にもみじめな人生なんてない、って。

どんな人も、いろんなことを体験しながら、一生懸命生きている。それだけで尊い人生なんじゃないかと。


そう思ったら、父母の人生に敬意を表したいというか、そんな気持ちになりました。

もしかすると、これまで父母の人生をかわいそうと見下していたのは私だったのか、とも。

父母には「みじめな人生なんかじゃないよ。胸を張っていい人生だよ」と言いたいところですが、それは言えませんが。


なんだか心のつかえが一つふっと軽くなりました。そんな気づきでした!


体調不良・病気にずっと悩まされていたので、これまでの自分の固まった思考をほぐして、自分の価値を思い出していきたいと思います!

(MA様)

ヒーリングやアチューンメントに何か意味があるのだとしたら、それは『悟りやすくすること』だと思います。

スピリチュアルな学びというのは外側にはありません。

新しく学ぶ、というのではなく、知っていることしか知れない、というところがあります。

自分は本当は知っていたことに気付いていく、思い出していく、というプロセスです。

だから琴線に触れた時、『ああ、やっぱりそうだったんだ』という言葉が出てくるのです。

自分の全く知らないことに『ああ、やっぱり』という言葉はありません。

ライタリアンプログラムは、今までのあなたの人生が間違ってるよ、と正すプログラムではありません。

ああ、やっぱり今までのこの過程で全て正しかったんだ、と自分を丸ごと肯定していく愛のプログラムです。