スピリチュアル

『依存』は悪いこと?

自分が自分の世界を作り出してる事を知った人から、生きるのが面白くなります。

あなたが自分の人生の脚本を書いて、演出して、監督して、主演をしているだけの世界です。

あなたが、そう見るから、そうである、という世界です。

あなたが、そう決めたから、そうなったという世界です。

あなたが、子供が学校に行かないと決めてるから子供は学校へ行かない

(ように見える)。

あなたが、自分に能力がないと思っているから自分に能力はない

(ように見える)。

本当のあなたを知りたい時、この肉体の方ではなく、自分が目にしている空間の方を観察すると全部あなたの内側の情報が外に映し出されています。

それをあなたが見て感じたもの=あなたです。

目の前に、素敵な人を見て素敵だと思うのはあなたが素敵だから。

目の前に、この人腐ってる、と思う人がいたらあなたが腐ってるから。

そう思うのが嫌な人は、意地でも人の素敵なところ探しをするようになるのかもしれませんが、別に道徳的に素晴らしい人を作りたいために言ってるのではありません。(笑)

目の前のものがそのままの自分、と淡々と知って

あるがままの自分の存在をただ知っていく、というのは人生の大きな目的の一つだと思うのです。

そして人生というのは、この自分で良い、この自分で本当に良かったというのを知っていく、瞬間瞬間のプロセスの集合でもあります。

ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、死  より

良い、良い、良い、良い、死 の方が良くないですか?

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人生というのは、ここの期間のことを言うのですから。

しかし色眼鏡を外して、ありのままに見る、というのは相当難しいです。

私たちは常に何色かの色つきメガネでものを見ています。

なので、自分は今、何色の眼鏡をかけているのかに気付きながら

人や物事を見る、というので充分100点満点だと思います。

色眼鏡をかけて見ていることに自体に気づいてないと、

今後ますます視界は悪くなり、そのうち何も見えなくなってくるので、

やはり今は、そこを教えてくれるような、宇宙の愛のムチが来てくれているようです。

目の前の人に、あなた頑固ね、と言いたくなったり実際言うのは、

あなたがあなたに向かって頑固ね、と言っているということです。

それをちゃんとわかりながら言っているか、ということです。

頑固じゃない人には、頑固というのがどういう感じかわかりません。

自分がそれを知っている(所有してるから)出てくる言葉、そして往々にしてそんな自分を嫌ってるから出てくる言葉です。

同時に自分も身体の前に大きな鏡を持って相手を映し出してあげています。

他人があなたに言ってくる事は、その人がその人に言ってる事でもあります。

頑固だね~と言われたら、その人は自分のことを頑固だと言っているという事です。

あなたのことではないかも知れません。(笑)

ここで一番大事なのは『頑固』というのは、ポジティブでもネガティブでもないのです。

頑固というのは周りに流されないということでもありますし、全く頑固でない人が何か一つの事を達成するまで継続するのは難しいです。

何を言っても言われても、自分が勝手にその言葉に対するイメージをポジティブか、ネガティブかジャッジして決めつけさえしなければ、傷つきようがありません。

受け手の受け取り方次第なのです。

頑固と言われて傷つくのは、頑固な自分を恥じてる人だけです。

頑固である事に誇りを持っている人は逆に喜びます。

その人の耳には、人には成し得ない大したことをやってのける奴だ、という風に翻訳されて入ってくるのかも知れません。

それもある意味何らかの色が付いた眼鏡(補聴器?)をつけていることになります。

自分はスーパーポジティブに、なんでも自分の耳に心地よいように解釈する癖がある、と自分で気づいてる分には何ら問題ありません。

言葉に先入観を持ってないもの同士のノンジャッジメントの会話では

何を言っても自由です。

これを言ったら傷つくかなという取り越し苦労や、とかこれを言ってギャフンと言わせてやろうという戦いゲームの緊張感がなく、リラックスして何でも自由に発言できる開放感があります。

ここに、個々が自分の傷を癒していくメリットがあります。

傷があるとどんな言葉にでも過剰に反応し、ますます色眼鏡の色が濃くなる一方だからです。

私たちは、ただの1つの言葉に自分の歴史や経験からてんこ盛りに意味づけをしがちです。

もはや意味のない言葉など存在しないぐらい、本来はニュートラルな言葉になんやかんや意味づけをします。

何を言ってもパワハラとも取られる可能性があるし、何を言われてもパワハラと受け取ることもできます。

頭で生きる生活が加速すると、非常にピリピリした緊張感に満ちた生活になります。

全ては中立でニュートラルなので、あなたが意味付けさえしなければ、

ポジでもネガでもありません。

どちらでもないし、どちらでもあります。

でもこれがなかなか難しいのです。

もう長年の癖で自動的に、

『どちらか一方が良しのはずなので、どちらかのラベルを素早く貼らねば。』

と脳がなってるからです。

依存と自立、と聞くと自立の方が良いように聞こえる。

じゃあ、依存の塊の赤ちゃんは駄目駄目人間なのか?

むしろ自立してるはずの大人が教わる事が多く、

しかもだれよりも愛されてますよね^^

子供の頃しっかりと甘えることをできなかった人で

大人になってからそれを引きずって苦しんでいる人もいますね。

依存をやりきってないと、スパッと自立というのも難しいのかもしれません。

赤ちゃんが依存してくれるから、お母さんは母親として自立できます。

今の年齢問わず、自分の依存心を恥じることもなければ、依存してくる人を嫌う必要もありません。

全て、完璧なバランスでこの社会はできています。

知識や情報はいつまでたっても完璧に集まる事はありません。

実体験以上の知識はないからです。

沢山依存をし、沢山自立をし、迷惑をかけたりかけられたりしながら

冥土の土産話になるような面白い体験をいっぱいしていきましょう。

Makiko

第4チャクラを開くアファメーション

私は自分がなりたい自分ではなく、ありのままの私を愛します。

・愛情で育てられるとはどんな感じか知っています

・やさしさとは何かを知っています

・愛と優しさを受け取るとはどんな感じか知っています

・もうすでに愛と優しさを受け取ることができています

・やさしさに包まれるとはどんな感じか

・養われるとはどんな感じか知っています

・自分自身をどうやってやさしさで包むかその方法を知っています

・自分自身をどうやって愛情と共に慈しむかその方法を知っています

・わたしはもうすでにやさしさに包まれています

・わたしはもうすでに自分を愛情と共に慈しむことができています

・すべてうまくいっても大丈夫です

・すべてうまくいっても安心で安全です

・愛されるとはどんな感じか知っています

・母の愛がどんな感じか知っています

・父の愛がどんな感じか知っています

・子供の愛がどんな感じか知っています

・他の人とコミュニケーションをとることがどんな感じか知っています

・自分の考えを苦労なく楽々と人に伝えるほど重要な存在であるとはどんな感じか知っています

・わたしはいつどのようにコミュニケ—ションを取るか知っています

・わたしはわがままで自己中心的であることなく自分の人生を生きることが可能だとわかっています

・わたしは他の人を大切にしながらも最高最善に自分の人生を生きるとはどんな感じか知っています

・わたしは対立の処理の仕方を知っています

・わたしは他の人たちと付き合う方法を知っています

・わたしは自分の生きる権利のために戦うことなく生きる方法を知っています。

・わたしは自分の境界線と他人の境界線を尊重する方法を知っています

・わたしは誰かと最高最善の方法で立ち向かう方法を知っています

・わたしは他人の感情に気付く方法を知っています

・わたしはどのように主張すればよいか知っています

・尊敬を受けることはわたしには簡単です

・自分を尊敬することがどんな感じか知っています。

私は新たな始まりを迎えることができるように、終えるべきことを終えることが出来ます。

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