スピリチュアル

自作自演のコメディドラマ

『あるがままに物事をただ見ていく。』

正義感が強すぎたり潔癖症であると、これが非常に難しかったりします。

悪を退治したい、悪いエネルギーが来ないようにしたい、身体の中の悪い毒素を完全に排除したい、病気に負けたくない、負の感情を抹消したい。。。

悪と戦うのは物語としては、面白いのですが、魂さんの本音としては

『それをするために地球に来たわけじゃなくて、それによって僕に気づいて欲しいんだけどな。。。』

ではないかと思います。

『ただそのままを見ていく』

これってだいぶ練習が必要なのです。

私たちは、自動的に(教育者の思う)善悪でふるいをかけるように洗脳もされてきたし、大人になった今も、これは親の気持ちなのか社会の気持ちなのか自分の気持ちなのかもわからないぐらい境界線がない状態なのです。

皆で共に、というのは素晴らしいことなのですが、

ちょっと勘違いして、違うところで『共に』なってしまってるのです。

正常であれば、やはりこの『共に』に違和感を感じます。

それが嵩じて、反発したり世捨て人のようになり孤独も感じやすくなります。

成長や自立のプロセスでは、自然で大事なことだと思います。

しかし心の傷を放置しておくと、その傷のフィルターを通して目の前の人を見るので、目の前の人間を本当にちゃんとは見れなくなります。

いつも曇ってるか歪んでるフィルターを通して世界を見ていることになります。

そんな人でも、たまに機嫌や体調や天気が絶好調の時は、世界が薔薇色に見えた経験もあると思います。

自分の状況や気分次第で、目の前の同じ人が味方に見えたり敵に見えたりしますが、お相手としては別にいつも通りに暮らしてる人なので、もし何かをぶつけられたらたまったものではありません。

なので、地球生活をリア充で楽しみたいなら、悪をぶっ倒す以前に、かけてるメガネをクリアなものに変えることが先決です。

”ただ見ていく”というのは、テレビドラマを見ている観客になるということです。

例えば殺人事件のテレビドラマを見ているとします。

ただ見ていると、60分後には必ず、どんな事件も犯人が逮捕されてめでたしめでたし、で終了します。

それが初めから分かってるから、途中何があっても安心して見れるのです。

それを実生活で、すぐに自分で何回も何回も巻き戻して、あの時こうすれば良かった、とか

あそこであの選択をしたから駄目だったのかも、と自分で犯人探しをしつこくしてしまう人がいます。

自分で解決しなくても、放って置いたら、刑事がちゃんと解決してくれます。

ドラマの途中で自分が画面の中に入っていって、刑事と一緒に解決しようとしなくていいのです。

私たちはもっとリラックスして、刑事に任せて、

ふかふかソファーに座ってドラマを楽しんでいたらいいのです。

ドラマには必ず終わりがきます。

それは時にはハッピーエンドでない物語の時もありますが、

必ず、終わりがあるのは救いです。

耐えれない痛みや苦しみなら、神様はコロッと死なせてくれるぐらい愛があるのではないでしょうか。

まだなぜか生きてる、ということは

もうしばらく自作自演のコメディドラマを楽しんでいていいようです。

Makiko

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