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人に癒しを与えるということ

まだ私が結婚しているとき、主人の仕事仲間の女性が打ち合わせにうちに来たことがあります。

午前中だけで終わるのかな〜と思っていたら、13時ごろまで打ち合わせをして、私はお腹がすいたので昼ご飯を作りました。

たぶんまだ話中なので他の二人はまだいいかな、と思ったのですが一応

 

『お昼ごはん作ったけど食べる?』

って聞いてみました。

 

そしたら、

『あ、もうこんな時間だってこと気づかなかった!!』

といって笑っていたので3人で食べる事にしました。

 

いただきますの時に、その女性が

 

『いつも3人の子供と旦那の世話に追われてる私に、あなたがご飯を作ってくれた、という事は私にとってどれだけ大きな意味があるかわかる?』

 

と、ちょっと涙ぐんで言われました。

 

私は、その時は

 

『外国人ってほんまにオーバーやな ^^;』

 

と思って流してました。

 

 

今思うと、人が癒されること、ってそういうことだと思うのです。

 

自殺をしようと思っていた人が、パン屋さんでニコニコ働いている女の子の笑顔をちらっと見て、自殺を思いとどまったという話を聞いた事があります。

 

自分がお腹がすいたからご飯を作って食べるという行為が、誰かに癒しを与えてることがあります。

私がやってきた、ありとあらゆるスピリチュアルな勉強とは全く関係ないところで癒しが起こっているところが大ショックで落ち込みます 。笑

 

でも、ここで『お昼ごはん作ったけど食べる?』ってちょっと勇気出して聞いてみた事が良かったのかな、って思います。

それで、『あ、もうこんな時間だってこと気づかなかった!!』と。

 

彼らは自分がお腹空いてる事に気づいてなかったのですから。

だから、おせっかいかな?と思っても時と場合によっては、ちょっこっと提案だけはしていこうと思います。

 

 

 

小善は体悪に似たり、大善は非情に似たり

 

という言葉があります。

 

 

自分が善かれと思ってした小さな親切で、結果として相手の成長を止めてしまうことがあります。

心から相手の為を思って、思い切って厳しい事を言ったり突き放したりしたのに、誤解されて哀しい事があります。ヾ(。>﹏<。)ノ

 

『笑顔が人を救う』という訳ではなく、しんどい顔してる人を見ると、しんどいの私だけじゃなくて良かった〜!!って、むしろ救われたりします!!

 

何も考えずに、自分のことをしていたら、自分も周りも自動的に最適な状態に整うみたいですね☆

 

 

今日もよい一日を♬

Makiko