不必要なとらわれからの解放

私たちに自分だけのオリジナルな考え方、というものはあるのでしょうか。

ほとんどは、両親の考えを受け継いでいたり、先生や友達、読んだ本の考えのコラージュで出来ています。

自分のどこを切り取っても、自分というものはなく、ありとあらゆる外部の影響の寄せ集めです。

 

私たちは人の言葉に惑わされます。

すべてはただ一つの意見であって、それについての正反対の2つ以上の見方があります。

考え方がしっかりしている人、というのは見方によっては頑固、でもあります。

 

どのような考えを寄せ集めるのが好みなのか。

私たちはそのコレクションの結果であり、コレクターとしての責任があります。

 

しかし、自分のものではないくせに、それには『とらわれやすい』という罠があります。

子供のうちは難しいこともありますが、大人になればそのコレクションを再度見直し、意識的に選び直すことができます。

今の自分に響く考え方があれば採用し、ある地点まで成長したら感謝の気持ちでまた手放していくこともできます。

どのみち、源は自分のものではないのだから、もっと自由に切ったり貼ったり捨てたりしてもよいのではないかと思います。

 

一方、『感じ方』というのは自分だけのもので、完全にオリジナルです。

個性というのは、この『感じ方』とその『表現の仕方』に出るのだと思います。

どの考え方に出会っても、『それを自分はどのように感じるのか?』に気づくための材料として使えます。

 

 

ネガティブ、ポジティブに関わらず、外からの情報にはとらわれやすいものです。

不必要なとらわれから解放され、本当の自分の感覚を羅針盤にしていきたいと思います。

 

祈るとすれば、自分にはないもの(自分ではないもの?)を天にお願いするかわりに、

すでに持っているもの(自分の感性や、健康や、安全な国に住んでいるという事)を

自分が無駄にしませんように、

と祈ります。

 

Makiko

 

 

When I stand before God at the end of my life,

I would hope that I would not have a single bit of talent left,

and could say,

“I used everything you gave me”

~Erma Bombeck

セッション一覧 → http://www.makikokurata.jp

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