建築の世界

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デンマーク&ロンドンで、建築学科のある大学卒展巡りをしました。

 

私は建築については、あまり知識がない方ですが

 

すべての芸術は建築に向かう

 

と誰かが言ってた言葉を思い出します。

 

 

 

大学の卒業展覧会では、学生一人一人が作った

ユニークで、現実的な発想を飛び越えるような、

でも大金があれば実現も可能そうな

ギリギリの線の、いろんな建築物の模型や設計図がずらっと並びます。

 

 

頭の中の想像を実際に絵に書き、模型も作り、

それが本当に大勢の手によって建てられて、

沢山の人が出入りする建物や庭が出来るなんて

考えただけでも壮大なプロジェクトです。

 

この何十人の作品が実際の建築物になることはないとは思いますが

建築をデザインして作る過程の授業を小学生とかの小さい時に受けたら、

すごい創造的な、夢の溢れる子が育つだろうなと思います。

 

 

 

私は卒展前の、まだ四苦八苦

作業場に籠って作品作りに没頭してる大学生達も見てたので

出来上がった後のビールで乾杯お祭り騒ぎのパーティーに

お邪魔したときも、感慨深いものがありました。

 

 

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なんか、近頃、ほわ~んとした幸せとか、協調とか、やさしさとか、愛だとか、平和だとか

柔らかな言葉が美しいもので、皆が目指すべきもの?なぐらい重要視されてる気がしますが、

 

例えば ”幸せ”という言葉一つとっても

それを毎瞬目指しすぎるような 潔癖な人程、

理想と現実のギャップに自滅して行くような気もします。

 

 

ニコニコハッピーはもちろん素晴らしいけど、

 

自分をいかに正直に表現するか

 

を目指していたら、笑っている場合ではない時もあるんじゃないかと。

 

 

 

 

作業場に籠ってた学生達で、ニコニコ鼻歌歌ってた平和そうな人はいませんでした。

 

ほとんどが、切羽詰まって、ゴミ箱ひっくり返したような

汗臭さが立ちこめる部屋の中で

ひっつめ髪で、眉間に縦じわ5本ぐらい寄せて

自分の作品を完成させるために格闘していました。

 

 

 

最近 クライアントさんの中でも、

いつも平和で温かい人間の見本にならないと

いけないんじゃないかと思って、

自分で苦しんでいってる優しい人が多いような気がします。

 

 

優しいだけだと、人間的な

色気には欠けるかな、と。

 

ぶざまでもいいから、

野心、野生をむき出しにして、

自分の本音を露にしていく

っていう方が、

迫力と共に、人間的な色気は出ると思います。

 

 

。。。これは、好みの問題ですね。

 

 

 

2013