ドロミテ トレッキングの旅3

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(こちらは、2010年8月の日記です)

取りあえず、スタッフが寝ている部屋を探さねば。。

深夜に起こすのは申し訳ないが、それ以外方法がない。

 

廊下の左右にずらーっとドアが並んでいる。

”たぶんだけど、この部屋と思う”

と直感で言って、ノックは旦那にさせる。

私がここで悪者になるのは嫌だ。

 

旦那がイタリア語ですみませーん、みたいな事をいって

合い鍵をもらってきたようだ。

 

よかったよかった。

 

その後また何事もなかったのようにぐっすり寝た。

 

次の朝。

昨夜起こしてしまったスタッフに、ほんとにごめんね、と謝って

山小屋を後にする。

 

この日、自分の身体が疲れない方法を発見した。

私が先頭になって歩くと、全然疲れないのだ。

旦那が先頭だと、それだけでやる気がなくなる。

 

”今日から、あたしがリーダーだから。”

 

彼が写真等を撮ってる間にどんどん引き離して行く優越感。

 

たまに迷うけど、自分で地図を見て進んで行く楽しさ。

子供の ”はじめてのおつかい” のあの心境だ。

 

しかし彼も2番手が嫌いな性格。

後ろからついていくぐらいなら

むしろ思いっきりマイペースで進もう、と思ったらしく

途中、湖で泳いだり、通行人に頼んで踊ってるビデオを

撮ってもらったりして、いらぬ筋肉痛を作っていた。

 

後ろを振り返ってもなかなか来ないので、崖から落ちたのかも

と本気で心配していたのに、

”いやー踊っていたら遅くなってしまった”などと

言われたので、もう絶対心配なんてしてやらない事にした。

 

こちらが本気で心配して山の景色も楽しめないでいた間、

彼は踊って楽しんでいたなんて、と思うと嫉妬で怒り狂う。

 

でもよく考えたら、心配をする、という事自体

彼を信じてない、という事で、失礼な事なのだ。

なにしても死なないようなやつなのに

やつの心配で自分が楽しめないなんてもったいない。

それより、自分の心配をしよう。

今日の晩ご飯の心配をしよう。

 

この日から、私が先頭でもくもくと歩く事になった。

 

楽しい!!

 

でも確かに急な坂道がずっと続くとほんと苦しい。

足にまめもできてきたし。

そういうとき、今までの人生でもう思い出したくないような嫌な出来事と

この山登りのツラさとどちらがしんどいか、自分に問うてみる。

だいたいまだ山登りの方がましという結論に至る。

なのであともうちょっと、もうちょっと頑張る。

 

 

山小屋での晩ご飯は、だいたい他のカップルかグループと相席で、

旦那は相席の人達に喋りかけるのが大大大好き。

彼はドイツ語もイタリア語も喋れるので、そりゃあ楽しいのだろう。

私はわかってないふりして、(いやほんとにわからないのだが)

もくもくとパスタを食べる。

 

今日のこの日はフランス人カップルと相席だった。

年上の女医者の奥さんと、数学の先生の若い旦那さん。

この旦那さんはあまり英語が上手じゃなかったので

ちょっと私の心がゆるんだ。

 

彼は英語は上手ではないのだが、すごく私たちとコミュニケーションしたい

意欲が見えて、しかもただの世間話ではなく、とても趣き深い話をするのだ。

 

頭が良く気が利く奥さんが、彼のつたない英語を洗練された英語に

たまに通訳してくれるのだが、この純朴な彼の印象は強烈だった。

ほんとコミュニケーションって、言語じゃないのよね。

私に足りないのは、この伝えたいっていう意欲なんだわ。

 

フランス語も喋れる旦那は、彼が言葉に詰まった時、

”フランス語でもいいよ”

と言っていたけど、

 

”私は彼の英語が聞きたいの”

 

といってさえぎった。

 

 

流暢なものが心を動かす、というのではない。

この彼をいつまでも覚えておこう。

 

 

 

4に続く