私の学生時代

 

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もう台風シーズンは終わったかと思いきや、

突如カクンと曲がったこの直角はどういうことでしょう。。。

台風の当たり年ですね。

私の台風時の暇つぶしグッズは

 

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連続の台風のおかげで、数冊完成しました。

 

小学1年生でひらがなを習った時は、お手本の点線通りに全然なぞれなくて

母を青ざめさせた私でしたが、42歳になると、ちゃんとなぞれてます!

 

小学2年生のときは、一度も宿題をやっていった事がなくて、

でもそれには正当な理由があって、来年年子の妹が2年生になって先生ごっこをする時にこの宿題のプリントを使って教えようと思って、毎日奇麗にファイリングしてたのです。

しかし、3学期の最後に、なぜか一度宿題をやっていったら、先生が

『倉田さんが、今日は初めて宿題をやってきました!みんな拍手〜!』

といって、喜んでくれたので、その時初めて、

『あ、

宿題って、わたしがやるものだったんですね。』

と、知ったのです。

 

小学校の時は、暗いから『クラ』、中学校の時は、狂ってるから『くるったちゃん』と呼ばれていた私でしたが、42歳まで生きて来れてます!

 

高校の時は、英語が大好きで、100点は取った事がないですが、

大体98点から92点でした。

その代わり、他の教科は赤点スレスレでした。

大体一夜漬けなのですが、翌日の試験科目を間違えて、数学なのに社会の勉強をしていたため、数学0点の時もありました。

 

あるとき、私が三角おにぎりを3つ作って、テーブルに並べていたら母に、

『あんた。。。私、絶対あんたは精神に障害があるんちゃうかって思ってたけど

そんだけきれいに同じ形にそろった三角おにぎりを作れるんやったら、大丈夫なはずや。うん、あんたは大丈夫や。』

と、母オリジナルの三角おにぎり健康診断で、

『異常なし』

の判定が下されました。

 

うちの家は田舎だったし、時代も時代だったし、両親も学校の先生ものんびりしてたので、救われた学生時代でした。

今生まれてたら、間違いなく隔離された部屋に送り込まれてたと思います。

 

そんな両親が電話をかけて来てくれるのは、台風の時だけなので

ちょっと嬉しい台風でもあります。

 

Makiko